東京2020オリンピックのエンブレムに秘められたメッセージ、
記者会見の背景で主役を引き立てる静かな存在感、
そして世界的な人気を博したアニメの主人公がその身にまとう厄除けの願い…。
私たちの暮らしの中に、まるで呼吸をするように溶け込んでいる「市松模様」。
2色の正方形が、ただひたすらに繰り返される。
その究極のシンプルさの中に、時代を超えて人々を魅了する、とてつもない力が秘められていることをご存知でしょうか。
「よくあるチェック柄でしょ?」
そう思うのは、まだ早いかもしれません。
この市松模様には、単なるデザインという言葉では片付けられない、日本の精神文化や未来への希望が込められているのです。
この記事では、知っているようで知らなかった市松模様の奥深い世界へ、さらに一歩踏み込んでご案内します。
あなたの身の回りにある「あの柄」を見る目が、きっと変わるはずです。
どこまでも続く柄に込められた「繁栄」という名のメッセージ
市松模様が、なぜこれほどまでに「縁起が良い」とされるのか。
その本質は、柄が生み出す視覚的なイメージにあります。
どこまでも途切れることなく続いていく正方形の連なり。
その様子が、「子孫繁栄」や「事業拡大」といった、未来永劫へと続く発展や繁栄を象徴しているのです。
終わりなき成長への願いが、このシンプルなパターンには込められています。
そのため、日本では古くから人生の節目を彩るお祝いの品に、この模様が好んで使われてきました。
例えば、新しい家の末永い安泰を願う新築祝いや、二人の絆が永遠に続くことを祈る結婚式の引き出物など、大切な人の輝かしい未来を願う贈り物として、市松模様はまさに最適の柄とされてきたのです。
名前の由来は江戸のトップスター!時代を巡る市松模様の旅
この模様の歴史は、私たちが想像するよりもずっと古く、そしてドラマチックです。
そのルーツは、なんと古墳時代にまで遡ります。
当時の権力者のお墓から出土した埴輪(はにわ:粘土で作られた人形)の衣装に、すでに市松模様の原型が見られるのです。
この頃はまだ特定の名前はなく、石を敷き詰めた道に見えることから「石畳(いしだたみ)」、あるいは小さな四角が並ぶ様子から「霰(あられ)」などと呼ばれていました。
平安時代になると、この模様は「有職文様(ゆうそくもんよう)」という、公家や武家の間で用いられた格式高いデザインの一つとして定着します。
雅な貴族たちも、その整然とした美しさを愛でていたのです。
そして、この模様の運命を大きく変える転機が、江戸時代に訪れます。
当時、庶民の娯楽の中心であった歌舞伎の世界で、一人の若手役者が大ブレイクします。
その名は、初代・佐野川市松(さのがわ いちまつ)。
美しい顔立ちで女性たちの心を鷲掴みにした、今で言うトップアイドルです。
彼が舞台で、藍と白で染められた「石畳」柄の袴を粋に着こなして登場すると、それが江戸中の女性たちの間で「市松さんのあの柄、なんて素敵なの!」と爆発的なブームを巻き起こしました。
人々は憧れのスターにあやかり、こぞって同じ柄の着物を求めたのです。
それ以来、この模様は彼の名を取り「市松模様」と呼ばれるようになり、伝統的でありながらモダンな柄として、一気に庶民の間に広まっていきました。
世界が認めるデザインの力 ― 伝統から革新のシンボルへ
市松模様のすごいところは、縁起の良さや歴史の深さだけではありません。
その普遍的で優れたデザイン性が、現代社会のあらゆるシーンで新たな価値を生み出しています。
- 建築・空間デザイン
格式高い旅館の床の間や、モダンなホテルのロビーのタイル。市松模様は、空間にリズムと落ち着きを与えます。
伝統的な和の空間はもちろん、ミニマルな現代建築にも不思議とマッチし、静けさの中に洗練された印象をプラスする力を持っています。
- ファッションの世界
着物や帯といった伝統的な和装の世界では、今なお定番のデザインとして愛され続けています。一方で、国内外のファッションブランドがコレクションのモチーフとして採用することも少なくありません。
色や素材、四角の大きさを変えるだけで、ポップにも、シックにも、前衛的にもなれる。
その無限の表現力が、クリエイターたちを刺激し続けているのです。
- 東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレム
記憶に新しいこのエンブレムは、日本の伝統色である藍色を使い、形の異なる3種類の四角形を組み合わせた市松模様でした。これは「多様性と調和」という大会のコンセプトを見事に表現したもので、市松模様が持つ「繋がり広がる」という意味を、世界へ向けた強力なメッセージとして発信しました。
- モータースポーツのチェッカーフラッグ
F1レースのゴールで振られる、あの白と黒の旗。これも市松模様です。
なぜこの柄なのでしょうか?それは、高速で動くマシンの中からでも、ドライバーが一瞬で「ゴール」を認識できる、最高の視認性を誇るデザインだからです。
縁起の良さだけでなく、機能性においても究極のデザインと言えるでしょう。
「チェック柄」とは似て非なるもの。その決定的な違いとは?
「市松模様とチェック柄って、結局何が違うの?」という疑問は、もっともです。
この二つはよく混同されますが、成り立ちに明確な違いがあります。
- 市松模様:
色の違う四角形を、タイルを敷き詰めるように「交互に配置」して作られる模様です。塗り絵のように、隣り合うマスを違う色で埋めていくイメージです。
- チェック柄:
色の違う複数の線を、縦と横に「交差させて」作る模様です。線と線が重なり合う部分で新たな色が生まれるのが特徴で、スコットランドの氏族の紋章である「タータンチェック」などが有名です。
例えるなら、ブロックを並べるのが市松模様、糸を織りなすのがチェック柄。
似ているようで、その構造は全く違うのです。
まとめ:未来へつなぐ、永遠のパターン
いかがでしたでしょうか。
古代の祈りから生まれ、平安貴族に愛され、江戸のスターがその名を付け、そして現代の世界的なイベントの象徴ともなった市松模様。
それは単なる模様ではなく、「永遠」「発展」「繁栄」「調和」といった、人類が普遍的に願うポジティブなメッセージを内包した、一つの「かたち」なのです。
シンプルだからこそ、飽きることがない。
シンプルだからこそ、どんなものとも調和できる。
そして、どこまでも続いていくからこそ、私たちに未来への希望を感じさせてくれる。
次にあなたが市松模様を目にしたとき、その背景にある壮大な物語と、柄に込められた幸運のメッセージを思い出してみてください。
あなたの人生の大切な節目に、この希望のパターンを取り入れてみるのも素敵かもしれません。
それはきっと、あなたの未来を明るく照らす、心強いお守りとなるはずです。