春が深まり、風が少しずつ夏の気配を帯びてくる頃、スーパーやお茶屋さんに並び始めるのが「新茶」です。
普段はペットボトルのお茶で済ませている人も、「新茶」と書かれたパッケージを見ると、なんだか特別な味わいがしそうで、思わず手に取りたくなるのではないでしょうか。
特に「八十八夜に摘まれたお茶は縁起が良い」という言い伝えを聞いたことのある方も多いと思います。
また、童謡『茶摘み』の「夏も近づく八十八夜〜♪」という歌詞が耳に残っている人も多いでしょう。
しかし、そもそも「八十八夜」とはどのような日なのでしょうか?
なぜ新茶やお茶摘みと深く結びついているのでしょうか?
この記事では、八十八夜の意味やその由来、2025年の日付、新茶との関わり、さらには「八十八夜の別れ霜」や「泣き霜」といった季節特有の言葉も交えながら、丁寧にご紹介していきます。
八十八夜とは?
八十八夜(はちじゅうはちや)は、日本独自の季節の区切りを表す「雑節(ざっせつ)」のひとつです。
雑節とは、節分や彼岸のように、季節の移ろいを実際の暮らしに即して分かりやすく示すために生まれた暦の補助的な要素で、古くから農業や生活の指標とされてきました。
八十八夜は「立春」から数えて88日目にあたる日で、毎年だいたい5月初旬に巡ってきます。
ちょうど春から初夏へと移り変わる頃であり、気候も比較的安定し、農作物を育てるのに最適な時期とされています。
この日を境に、霜の心配がなくなり、いよいよ農作業が本格化するという、まさに「田畑の始動日」ともいえるタイミングなのです。
「八」「十」「八」で「米」? 縁起の良い日とされる理由
八十八夜が縁起の良い日とされてきた理由には、ちょっとした語呂合わせのような背景があります。
「八」「十」「八」という3つの数字を組み合わせると、「米」という漢字が浮かび上がりますよね。
これにちなんで、「米作りを始めるのに最適な日」と考えられ、稲作を中心とした農耕民族である日本人にとって、八十八夜はとても大切な日として根づいてきたのです。
また、「八」という数字は末広がりで縁起が良いとされており、そこに「米」が加わることで、豊作や家内安全、健康長寿といったさまざまな願いが込められたとも言われています。
「夜」がつくのはなぜ?
「八十八日」ではなく「八十八“夜”」と呼ばれるのには、日本古来の時間感覚が関係しています。
かつて日本では月の満ち欠けを基準にした「太陰暦」が使われており、一日を「昼」と「夜」で数える文化がありました。
月の出入りを見ながら日数を把握していたため、「○○夜」という表現が使われるようになったのです。
また、八十八夜の頃はちょうど月の周期でいえば3回目の満月を過ぎた頃でもあり、農作業の開始を知らせる合図として、自然と人の営みをつなぐ目印としても機能していたのです。
どうして新茶と関係があるの?
八十八夜といえば「新茶」というイメージを持つ方も多いと思います。
これは、茶摘みの時期がこの時期とちょうど重なることからきています。
お茶の葉は、冬の間にしっかりと養分を蓄えて、春に一気に芽吹きます。
その年の最初に収穫される「一番茶」は、特に栄養価が高く、味もまろやかで香り豊かです。
この一番茶を使った新茶は、八十八夜の頃から市場に出始めるため、非常に縁起が良いとされ、贈り物としても人気があります。
中でも静岡、鹿児島、京都の宇治などの名産地では、八十八夜に合わせて茶摘みイベントが開催されるなど、地域ごとの文化も息づいています。
「八十八夜の新茶」はなぜ縁起がいい?
昔から、「八十八夜に摘んだお茶を飲むと長生きできる」との言い伝えがありました。
これは、生命力あふれる春の茶葉を取り入れることで、体に良い影響があると信じられていたためです。
実際、春に摘まれる新芽には、旨味成分であるテアニンやビタミンCが多く含まれています。
渋みのもととなるカテキンも、まだ少なめの状態であるため、苦味が抑えられ、すっきりとした味わいになるのです。
新茶をより美味しく楽しむためには、70℃前後のぬるめのお湯でゆっくり抽出するのがコツ。
急須の蓋を少しずらして蒸らすと、香りが引き立ちますよ。
2025年の八十八夜はいつ?
2025年の八十八夜は【5月1日(木)】です。
この日を迎える頃には、日中の気温もぐっと上がり、木々の新緑が目にまぶしい季節となっています。
この時期に新茶をいただくことで、「ああ、季節がめぐってきたんだな」と自然のリズムを肌で感じられるのも、八十八夜の魅力かもしれません。
八十八夜と「茶摘みの歌」
「夏も近づく八十八夜〜」という歌い出しで知られる童謡『茶摘み』は、明治時代に作られたとされる文部省唱歌です。
この歌が学校の音楽の授業などで歌われたことにより、八十八夜=お茶摘みというイメージが広まりました。
実際には、茶摘みの時期は地域によって差があり、九州や静岡など温暖な地域では4月中に始まることもあります。
しかし、歌の中で描かれている情景と八十八夜の時期が絶妙に重なるため、多くの人にとって「茶摘み=八十八夜」という認識が定着したのです。
「別れ霜」や「泣き霜」ってなに?
八十八夜は「霜が終わる目安」ともされており、「八十八夜の別れ霜(わかれじも)」という言葉があります。
これは、この日を境に霜が降りなくなることを意味し、安心して農作物の種まきや苗植えができる時期が訪れたというサインでもあります。
しかし、年によっては気温が不安定で、八十八夜を過ぎても霜が降りることがあります。
この遅霜は「泣き霜」や「九十九夜の泣き霜」と呼ばれ、せっかく芽吹いた農作物が台無しになることも。
そうした自然の気まぐれに対して、農家は今でも気を抜かず注意を払っています。
まとめ
八十八夜は、ただカレンダーに記された日付ではなく、自然と人の暮らしが深くつながっていることを教えてくれる、日本ならではの美しい暦のひとつです。
春と夏の境目にあたるこの時期に、新芽が芽吹き、農作業が本格化し、新茶の香りが広がる。
そんな季節の節目に込められた意味を知ることで、毎年めぐる自然のリズムをより豊かに感じられるはずです。
ぜひ、今年の八十八夜には、新茶を一杯ゆっくりと味わいながら、日本の季節文化に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。